患者様へ

 ”全身麻酔” と聞くと、”怖い”と思われる方も多いかと思います。確かに30年程前は「麻酔から何日も醒めなかった」ということや「麻酔の薬の副作用で重篤な合併症が起きた」ということがありましたが、現在では麻酔の薬も改良され、そのようなことは極めて稀になりました。

 しかし薬が改良されたとしても、麻酔自体が心臓や呼吸に強い影響を及ぼしてしまうため、100%安全とは言えないのが現状です。また、元々合併症がある場合には、合併症がない場合と比べると、どうしてもリスクが高くなってしまいます。

 そんな ”麻酔” ですが、手術を行うためには欠かすことができません。

 そこで私たち麻酔科医は、麻酔に関する専門性を生かして ”より高い安全性” と ”痛みの少ない麻酔” を提供することで、手術の必要な患者様が安心して手術を受けて頂けるように日々努めております。

 私たち麻酔科医が患者様と関わる機会は手術中だけと思われがちですが、実際には "手術前” から ”手術後” まで広く関わっているので、少し紹介させて頂きます。

 

手術前

 麻酔を受けて頂く上で、あらかじめ患者様の病室を訪問し、問診と診察を行っています。カルテの情報と合わせて、最終的な麻酔方法を決定します。

 カルテの情報だけでは得られない、患者様とお会いした時の印象も麻酔をかける上で重要です。例えば、「話をするだけで息切れがする」、「しんどくて体を起こすことができない」、こういった所見がある患者様とお会いすると、肺や心臓の疾患を疑い、より注意深く麻酔をかけなければと考えます。

 患者様の合併症によっては、全身麻酔を受けること自体がハイリスクな場合もありますので、十分に患者様の状態を把握し、安全に手術が終えられるよう麻酔方法を十分吟味します。

 

手術中

 手術中の麻酔は、全身麻酔と脊髄くも膜下麻酔(いわゆる下半身麻酔)に大別されます。

 麻酔症例の大半を占める全身麻酔では、患者様は眠った状態ですので、言葉や身振り手振りでは、何も訴えることができません。患者様の訴えは、循環・呼吸のモニターや術中血液検査の中に潜んでいます。それらのモニターや検査を駆使して、いち早く患者様の訴えを察知して危険を回避できるようにするのが、私たち麻酔科医の仕事です。

例えば、手術中に血圧が突然120mmHgから70mmHgに下がったとします。これが、
 ・手術に伴うもの
 ・麻酔に伴うもの
 ・別の疾患の発生に伴うもの(心筋梗塞や肺塞栓症など)
なのか、できるだけ早く原因を見つけ、それぞれに合った治療を行う必要があります。

 手術中は必ず、一人以上の麻酔科医が部屋に常駐していますので、なにか危険なことが起こらないか十分に注意を払いながら監視し、不測の事態には機を逸さず介入できるようにしています。

 

手術後

 手術が終わって目が覚めた後にも、できるだけ不快なことが少ないように心がけています。

 手術を受けられる方の多くが気にされているのが、”手術後の痛み”です。御心配はもっともで、強い痛みの残存は入院期間の延長にもつながります。

 手術後の痛みが強く、ベッド上で過ごす期間が長くなれば、足腰の筋肉が弱ってリハビリに時間がかかりますし、さらには静脈内に血栓ができてしまい、肺塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)のリスクも上昇します。また、痛みで痰が出せなければ、無気肺や肺炎のリスクが上昇します。

 麻酔科医にとって、術後の痛みを十分にコントロールし合併症を予防することは、手術中の安全な麻酔に負けず劣らず大切なことであると考えています。当麻酔科では、点滴や内服での鎮痛薬に加えて、硬膜外麻酔や超音波ガイド下末梢神経ブロックといった鎮痛法を用いることで、手術の後に感じる痛みを少しでも減らせるよう工夫しています。

 また、肝臓や肺などの大手術を受けられた患者様や、心筋梗塞治療後など大きな合併症がある患者様、大出血など手術中に不測の事態が発生した患者様は、手術の後に集中治療室に入室して頂き、循環や呼吸の状態が落ち着くまで、麻酔科医が中心になって術後管理を行っています。

 

 このように、手術前の評価から、手術後の循環呼吸管理・疼痛管理を通じて、患者様の周術期の安全を守るのが私たち麻酔科医の仕事です。どんなに難しい手術で、たくさんの既往症がある患者様であっても、まるで夜眠って朝目覚めるのと同じような、お腹を切ったことなど気付かないような、そんな麻酔を目指して日々研鑽しています。

 麻酔科医の仕事を知って頂くことで、少しでも手術に対する不安が緩和できれば幸いです。不明な点や不安な点がありましたら、どんな些細なことでも結構ですので、術前訪問の際に担当麻酔科医にお尋ね下さい。